浅間山

岸田國士

浅間山書籍情報

底本:「岸田國士全集5」岩波書店
   1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「浅間山」白水社
   1932(昭和7)年4月20日発行
初出:「改造 第十三巻第七号」
   1931(昭和6)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:門田裕志

浅間山 6

岸田國士

二葉  こゝに、あたしの貯金が三百円ばかりあります。あなた方、お父さんを信用なさらないなら、これを持つて行つて、お金を引出していらつしやい。此処の郵便局で手続きを教へてくれるでせう。判も一緒につけて置きます。

人夫達の私語が一つ時続いた後、

声  残りはどうしてくれるんだい。
州太  明日、どうにかする。今日は、これで引取つてくれ。
献作  ぢや、さうするか。

一同が、ぞろぞろ帰つて行くのを、州太は、ぢつと見送る。
二葉は、その父の顔を、悲痛な眼ざしで見守つてゐる。
新井は、首を垂れて、扉を閉めに行く。

二葉  (努めて平気を装ひながら)お父さん、あのね、青木さんは、この次の上りで、帰るんですつて……。
州太  ……(二葉の顔を見ない)
二葉  (新井に)だから、自動車をね……もう、すぐでもいゝわ……。

     四ノ一

小舎の入口――「一」と同じ場面。
その日の真夜中。
テラスの上で、とねと新井とが話をしてゐる。

新井  僕、やつぱり行つてみよう。なんだか気がかりだ。わからないやうに、後をつけて行けばいゝでせう。