岸田國士
底本:「岸田國士全集5」岩波書店
1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「浅間山」白水社
1932(昭和7)年4月20日発行
初出:「改造 第十三巻第七号」
1931(昭和6)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:門田裕志
岸田國士
とね そんなことしたつておんなじよ、あたし、はじめつから、はゝあと思つたんだけれど、わざと止めなかつたのよ。一旦、さういふ気を起したら、何時、何処でだつて……。
新井 しかし、無理にでも思ひ止まらせるのがほんとぢやありませんか、こつちでさうと覚つたら……。
とね 駄目よ。あたしには、そんな力ないから……。人が死なうつていふものを、死なせないだけの力は、どう考へたつて、あたしなんかにない……。お芝居のやうに、泣いてみせるなら格別だけど……。
新井 しかし、あゝいふもんかなあ。大将は、不断とちつとも変りはなかつたし、お嬢さんは、何時もより快活なくらゐでしたね。
とね 二葉さんに、この決心があつたかどうか知らないけど……。あのお父つゝあんが一緒に死なうつて云へば、多分、その気になるわよ。誘はれるのには、いゝ時なんだもの。
新井 そのうちに浅間へ登るんだつてことは、前からも聞いてたし、そいつばかりは気がつかなかつたな。(間)さうすると、あんたは、もう仕方がないから、ほうつとかうつていふんだね。
とね ほうつとくもなにも、あたしには、手の出しやうがないぢやないの。そんなことはしないつて云はれゝばそれまでだもの。後からついてつてみたところで、不意に飛び込まれちまへばそれまでだし……。山登りをよさせるつていつたつて、何かうまい口実があつて……? あべこべに、向うが、是非今日でなけれやならないやうなことをいふんだから……。
新井 第一、僕を連れてかないつていふのが、不思議つて云へば不思議だよ。
とね 不思議ぢやない、当り前よ。ほかのものなんかゐちや、邪魔になるさ。
間